教育は人を育てる仕事ではない!!自分の「当たり前」を壊し続ける仕事だ!!
「何回言えば分かるの?」
新人教育をしていると、一度は思います。
そりゃ私も思いますよ。
昨日伝えたことが今日できていない。
同じ間違いを繰り返す。
報告してほしいことが報告されない。
そのたびに、「ちゃんと説明したはずなのに」と感じます。
でも、ずっと新人教育みてきて、今の私は少し違うことを考えています。
教育で一番危険なのは、「何回言えば分かるの?」と思うことではありません。
「私はちゃんと伝えた」と思ってしまうことです。
新人が理解できない。
そう考えるのは自然です。
でも、その瞬間、私はもう一つの可能性を忘れています。
「私の説明は、本当に相手が理解できる形だったのだろうか。」
これ抜け落ちてるひと多いですよね?
私は昔、「伝えた回数」で教育を評価していました。
一回説明した。
二回注意した。
三回目もできなかった。
だから、この人は理解力が低い。
そんなふうに考えていました。
今思えば、ずいぶん乱暴だったと思います。
教えた回数は、理解した回数ではありません。
同じ説明を十回繰り返しても、伝え方が変わっていなければ、それは一回を十回繰り返しているだけかもしれません。
私は新人によく「患者さんをよく見て」と言っていました。
私も言われてきました。
でもこれ、説明ではありませんよね。
経験者には伝わります。
でも新人には「何を見ればいいんですか?」という疑問しか残りません。
利用者さんの表情。
声のトーン。
歩く速さ。
家族との距離感。
部屋の空気。
経験者は、それらを無意識に見ています。
だから、「よく見て」の一言で済ませてしまいます。
でも新人には、その視点がない。
私は視点の説明せず「ちゃんと見て」と言っていたのです。
経験を積むほど、人は説明が下手になります。
できるようになるからです。
できるようになると、自分が何を見て、何を考え、どう判断したのかを忘れます。
私はこれが、教育の一番難しいところだと思っています。
新人は成長していないのではありません。
経験者が、自分の初心者時代を思い出せなくなっている。
私は、その方がずっと多いと感じています。
もちろん、教える側だけの責任ではありません。
説明を聞かない人もいます。
質問しない人もいます。
振り返らない人もいます。
教育は一人では成立しません。
教える側には「分かる形で伝える責任」があり、学ぶ側には「分かろうとする責任」があります。
私は、その両方があって初めて教育になると思っています。
でも、それでもなお、私は教える側の仕事の方が難しいと思っています。
なぜなら、教える側だけが、自分の「当たり前」を疑えるからです。
私は最近、「教育」という言葉そのものを少し違う意味で捉えています。
昔は、人を育てることだと思っていました。
今は違います。
教育とは、人を変える仕事ではありません。
自分の「当たり前」を壊し続ける仕事です。
この人は、なぜ分からないのだろう。
ではなく、
私は、何を分かっている前提で話してしまったのだろう。
この問いを持ち続けられる人ほど、教えることが上手いように思います。
私は、人は簡単には変わらないと思っています。
教えたから変わるわけでもありません。
優しくしたから育つわけでもありません。
厳しくしたから伸びるわけでもありません。
だからこそ、教育は面白いのだと思っています。
こちらの思い通りにならない相手と向き合うたびに、変わっていくのは相手だけではありません。
教える側もまた、自分の思い込みを壊され続けます。
私は、その繰り返しが教育なのだと思っています。
だから、「何回言えば分かるの?」と思った日は、自分にこう問い直します。
「私は、本当に伝えたのだろうか。」
この問いに正解はありません。
でも、一つだけ確信していることがあります。
教育で一番怖いのは、新人が成長しないことではありません。
「もう、この人は変わらない」と決めつけた瞬間、教える側の成長も止まることです。
私は、人を育てる仕事をしているのではありません。
今日も、自分の「当たり前」を壊す仕事をしているのだと思っています。
この記事に興味を持ってくださった方へ。
仕事、人間関係、教育、マネジメント。
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とても共感しました。
出来るようになると初心を忘れてしまう。本当にそうだと思います。
私は何度も転職をし、その度仕事を教わってきました。なので、つい、その人の教え方を観察してしまいます。自分だったらどう伝えるだろうか、と考えたりもします。
教える側の難しさを無意識に痛感していたと思います。
分かりやすく言語化して頂きありがとうございました。
新人に対して「なぜ伝わらないのか」と悩むことは誰しも経験しますが、「自分の説明が相手の分かる形になっていたか」と常に自分自身を省みる姿勢に深く感銘を受けました。経験を積むほどに自分の初心者時代を忘れ、無意識にやっていることを「当たり前」として要求してしまいがちです。教える側が自らの思い込みを疑い続けることこそが、本当の意味での教育でありマネジメントなのだと改めて教えられました。